2019/04/08

魚丸ごとをお粥にする老舗~新興棧食家

食材の鮮度を売りにするお粥と言えば、
広東省発祥の「生滾粥」であり、
香港の有名な「生滾粥」老舗と言えば、
都心部にある【新興棧食家】をぜひ知って頂きたいです。
この辺りに50年歴史もあり、
まさしく知る人ぞ知る存在大御所です。


創業当初は露店の形で経営してたが、
夜になると、
創業者の寝る場所としても使われてた。
ようやく経営が軌道に乗せた後に今の店舗に移動したそうです。

 

老舗とは言え、
内装が一度が行ったことによって、
わりと明るく清潔感があり、
地元をはじめ、
世界中からの観光客でも気軽に入れるような店内になっています。


多くのお客さんの目当てはここの「魚」お粥です。
正確に言うと、
魚を丸ごと食べるがこの老舗の自慢のこだわりです。
ひげからしっぽまでそれぞれが具として提供されています。
魚の新鮮さを最大限に生かせるのが「生滾粥」である、
常に沸騰してるお粥の熱だけで魚(肉)を煮る、
そして、レタスの山盛りの組み合わせによって、
この店のメニューに展開されます。


魚だけは物足りない方なら、
こちらの「牛肉魚片粥」をおすすめです。
牛肉もドンピシャでテーブルまでに持って来る時点で食べ頃、
鮮度が抜群の塊です。


次は「肉丸魚片粥」、
やはり牛肉と比べたら、
団子(肉丸)は少し劣っていますね。

 

内臓好きな人なら、
こちら「豬潤魚片粥」(豚レバーと白身魚の切り身のお粥)がおすすめです。
こんな臭みのない豚レバーはここしか食べれないではないか?


お粥だけではなく、
一般的にあるべきものはあります。
油条や炒麵(香港式焼きそば)や炸魚皮(揚げた魚の皮)も注文できます。
お口直しとして、
おつまみとしてもどうぞ!


最後はこちらまったく魚が入ってない「及第粥」、
つまり豚肉のモツ(レバー、ハツ、ガツなど)が網羅するお粥です。
どうしても魚が苦手の人なら、おすすめできる一品です。
普通の潮州系のお粥とは違って、
水っぽさがなく、
ドロドロになる寸前の状態が「生滾粥」の極意です。
よくお粥だけで腹がいっぱいにならないと言われるが、
ここのしっかり胃袋を満足させ、
一杯だけで男でも食べ切れないかもしれません。


お粥以外、
大きな白身魚の切り身が食べても食べても残ることがうれしいです。
そのため、
朝のみならず、
どんな時間帯でも人が次から次に来店されています。


創業者が数年前お亡くなり、
現在その妻が以前夫から得ったコツでこの道を歩み、
主人の人生の集大成を守り続けています。
よい食材が年々高騰して行く中、
ここの値札も何度も更新しないと経営にならない、
皆さんが思うほどお粥は「庶民食」というイメージではなくなってるが、
香港の一つ食文化が死活問題に直面する時代では、
ありがたい一軒と思って食べてみてほしいですね。


実はカエルお粥もありますが。。。。。

住所:油麻地寧波街23號
営業時間:0600~0100(年中無休)

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2019/03/31

香港の運命を左右する石の群れ

大昔から語り継がれている都市伝説として有名であり、
なぜか近年に聞かなくなった。
一つ石の行方によって、
香港の運命が大きく変わるという話です。
この石はまさに香港を象徴するピクトリアピークに位置しています。

(四年前の香港)

正確な場所ですが、
知る人ぞ知る山の中腹のハイキングコースの一部である【盧吉道】、
ビクトリアハーバー側に沿って徒歩20分程度、
道から距離わずか数十メートルの下に発見できるはず。
下記の写真に赤いマークの所は『亀石』と称される石の群れですが、
戦前からの一人の道士が重陽という節句にピクトリアピークを登った時に、
指差しながら香港の運勢について語られた。
それを記録した人がいて、
1941年出版された【香港百年】という書籍に最もこの話の記載となった。

(インターネットからの引用)

ではこの都市伝説の全貌はいかなるものでしょうか?
石の群れの形がちょうど亀のように見れて、
下の方が頭で、上が甲羅という『亀石』ですが、
道士による、
毎年お米の一粒分で山頂に向かって登っていて(移動)、
頂上に到達すると、
香港沈没(運勢が悪くなるを意味する?)の日が来るとのことです。
いつか『亀石』が海に向って毎年お米の一粒分で下ってく説も現れて、
湾仔の「香港コンベンションセンター」の落成で強引に結びつけて、
伝説を加味するための可能性が高いという指摘があります。
なぜか「香港コンベンションセンター」と関係あるか後ほど解説します。

(インターネットからの引用)

元々亀の甲羅の部分がコンクリートの重りがなかったが、
亀の移動を遅くさせるために誰か付け加えたではないか推測された、
時には鎖らしきもので縛られた姿も目撃された。
ついに最近亀の頭が見れなくなった話も聞きます。
真相は行ってみないとわかりません。
どうもこの都市伝説を気にしてる方がいるようです。


「香港コンベンションセンター」の話に戻りますが、
実は上空から見ると、
亀を彷彿とさせる形で、
すぐ『亀石』の都市伝説に結びつけ、
特に風水師などから香港の運勢に不利と判断された一方、
山頂まで辿り着く心配を解けるための意図的な設計とも言われます。
海に面する『亀』が香港の運勢を背負って北向きに泳ぎ、
チムサーチョイのスペース ミュージアムという卵型の建物に到達すれば、
ウミガメがその卵を持って帰ろうという風水の陣でも取られます。
ちなみに、
「香港コンベンションセンター」の落成は1997年で、
建設を決めたのが1985年、
イギリスと中国が署名した【中英連合声明】が発表されて、
香港返還を決めた翌年です。
いろな偶然の出来事もこの「香港コンベンションセンター」に関係あります。

(今年の香港)

そして、
1997年からもう20年以上経ちまして、
香港の運勢が上がってるか下がってるか恐らく答えがそれぞれですが、
一つだけ言えるのがここから見る香港の景色、
なぜか少しずつ馴染み深さがなくなっています。
果たして、
この都市伝説の真相究明がいつできるでしょうか?

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2019/03/16

ガイドブッでは教えてくれない鹿鳴春の珍味

誰でも知り尽くされてるつもりである有名店では、
定番料理以外、
実はメニューには隠されてる数々のおいしいものがある、
香港人の私すら普段から平気に見逃した、
日本人もきっとガイドブックに記載されるものしかわからないだろう。
同じ思いを持つ香港では有名な美食評論家からの提案で、
今どきには貴重となる老舗である「鹿鳴春」を映像で記録しながら、
ぜひ後世にも残しておきたい伝統の北京料理を紹介する番組を参加しました。


当然ここの北京ダックは外せないですが、
本物の北京料理はこれだけではありません。
①鹽爆管廷 
②炒木須肉実
③鍋燒元蹄
④炸春段
⑤酒糟雞肝
以上もそれぞれの特徴がありながら世の中に忘れかけられています。


紹介されてないから誰も注目してないせいか、
もしそのまま食べる人がなくなったら、
メニューから消える「絶滅危惧北京料理」 になる恐れがあり、
美食評論家とのコラボをして、
普段知らされていない絶品の味を多くの人にアピールできるように、
この番組を実現できたわけです。


定番の定番の北京ダックとフカヒレも当然紹介しました。
味以外のいろいろ食べる側として注目して頂きたいポイントも教えます。
下記の4部分のYoutube映像をぜひご覧ください。








如何でしょうか?
伝統から受け継がれてる味がまだ味わう所が少なっていく今、
グルメ天国という看板を背負ってる老舗が大きな役割を果たしています。


実は収録後にとあるウワサを耳にしました。
【鹿鳴春】のオーナーが近い将来にお店を手放す予定、
買い手もうついてるまではっきりしてる情報です。
これからまだ安定感がある本格的な北京料理を堪能できるでしょうか?
しばらく暖かくお守りをしていくしかありませんね。


住所:尖沙咀麼地道42號1樓
営業時間:月~日(1200~1500・1800~2200)

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2019/03/08

グリーンが満ち溢れてた香港

気づいてる方もいるだろうと思いますが、
香港の至る場所がなぜかこの「グリーン」を目に入る、
思い出してみてください。
街端にはみ出る屋台、露店から、
シンボル的な存在のスターフェリー、路面電車、
約30年前で使用してたピークトラムの車体まで
すべてがこの「グリーン」をテーマ色にした。
実はある理由で専門家からの分析でわかりました。


一般な視点としては、
この色が目立ちながら、耐用性があるという理由で使用し続けた。
一方、
屋台や露店の運営規制に関して、
外貌の色の指定など特にルールあるわけではありません。
基本的に色使いは自由です。


香港大学の副教授の李浩然氏が有力の説明による、
1945年戦後、
香港の経済発展がそれほど著しくなく、
社会的な消費風潮がどちらからというと保守的、
とにかく実用性を重視し、
単価が安いものを選ぶスタイルでした。
香港植民地政府もうそうでした。


この「グリーン」は第二次世界大戦で軍用車両など設備で使用してた色です。
戦後と伴い、
大量「グリーン」と軍艦で使用された「灰色」のペイントが残された。
在庫あまりにも莫大のため、
低価格で政府機関から民営事業までにさばくのが消耗する一番の近道。
まさに当時のニーズにビッタリです。


そして、この色が「緑」であることで、
ちょうど広東語の「禄」の発音が同じで、
福禄寿の「禄」の意味でも取られて、
縁起のよいことで一般市民まで受けられやすい説もあります。


さらに、
戦後まもない頃に、
物資不足の原因もあり、
建物などでも白や灰色の塗装がほとんど、
「グリーン」を使用すると、
目立つことで商売などにも有利ではないかと思われています。


大きなものから小さいなところまで、
この「グリーン」の存在が必ず気づいてると思います。
今もうあまり見れない石油ストーブ(広東語は「火水爐」)、
唐楼の窓枠、かつて公園などでも見れるベンチもこの色です。


しかしながら、
高度経済成長とともに生活も豊かになり、
使用できる物資も簡単に手に入れ、
色使いの選択肢も増えて来ます。
そのきっかけでこの香港の貧しい時代を象徴する色が見れなくなり、
逆に街の中で見つかると、
なぜか親しく写真を撮りたがる存在のテーマ色になっています。


ちなみに、
湾仔にある有名な「ブルーハウス」ですが、
青くになるのがペイントにまつわる偶然だそうです。
返還を機に古くなってる外壁を一新するという発想で、
最終的に取り壊す予定だった「ブルーハウス」を青くした。
なぜ「ブルー」を選んだかというと、
当時政府には最も在庫が多かったペイントは「水務署」だからです。


あまりにも奇抜な色がついてる建物で、
次第に有名になり、
多くの見物する人達まで呼び寄せる魅力にかわり、
政府が心機一転か一級歴史建築物を認定した上、
取り壊しの運命から逃れることができた。

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2019/02/18

基礎を教えてくれる老舗~蛇王業

蛇料理と言えば、
間近で蛇の陣から囲まれてる店内で食べるイメージが強いですが、
地元の若い人すら対抗があるのに、
土地勘のない観光客にとって
入店するハードルも高いと思われます。
今回ご紹介したいのが蛇の初心者でも手頃の価格で安心味わえる老舗、
約70年歴史ある~「蛇王業」です。


3代目から引き継がれてから、
たくさんの籠に蛇を納める店内風景を一変して、
シンプルな内装で誰でも入りやすい雰囲気になっています。
また、このお店の蛇料理の特徴として、
できるだけ漢方薬を入れないように調理されることです。
急に突然寒くなり、
体調を崩しやすい時期に香港人が蛇料理で滋養を取る話をよく聞きますが、
実際蛇より調理する時入れた漢方が効いてることも否定できません。
香港のあらゆる蛇料理がお店の手法によって、
味がかけ離れていることもあり、十人十色です。
どれか本格か一言では断言できません。
結局自分の好みで好きなお店で選び通うことが多いみたいです。


お店では蛇羹(蛇スープ)以外、
ほかの小腹を満たすご飯系のものもあります。
亀ゼリーを食べるような感覚ではなく、
しっかりランチやディナーでも余裕に満足できます。
メニューにはセット(大、小)も選べます。
私は蛇羹(蛇スープ)+蛇汁雞配白飯(蛇汁の鶏と白いご飯)をしました。
小にしました。約70年歴史ある~「蛇王業」です。
念のため、
燸米飯(もち米炒め)も注文しました。


まず蛇汁の鶏と白いご飯ですが、
既にたっぷり蛇汁に掛けられて、
一見海南鶏飯か茹で鶏(白切鶏)に見えますが、
やはり蛇汁だけでコロッとかわってみずみずしくなった。
ネギソースなしでもご飯に進めます。
いきなり蛇スープには難しいな人なら、
こちらこらおすすめです。


燸米飯はまったく蛇の要素はなく、
蛇にまだ抵抗があるなら、
とりあえずこれを食べてみてください。
香港で食べ慣れてる炒飯とはまた別のご飯もの、
もち米なのにさっぱりしてる、
温かいうちに味わうのがおすすめです。
ハマる人はハマります。


主役となる蛇羹(蛇スープ)ですが、
蛇の肉以外、鶏肉、キクラゲ、シイタケ、タケノコ、ショウガなどぎっしり、
何と言ってもショウガが効いていて、
蛇スープのオリジナルの味がそのまま再現されています。
癖のない、万人受けの味だと思っています。


テーブルには「レモンの葉」が載せる容儀がある、
ぜひ、蛇スープに入れ加えてみてください。


ほんのりとした淡い香りが絶妙のアクセントとなり、
爽やかな味が世間が蛇スープの味に対する印象が覆されるはず。
ピッタリのマッチングしか言おうがないです。


一度このオリジナルの蛇スープの味を試して、
次のレベルに挑戦したい方でも漢方薬が入る蛇スープも注文してみでは?
お店でも提供されています。


蛇スープを飲んだ人が汗びっしょりぐらい熱くなるという固定概念ですが、
わたし自身はまったく感じていませんでした。
やはり漢方薬が入ってるかどうかカギのようです。
そのため、年中いつでも蛇料理を食べたいなら、
このようなお店が最適だと思っています。
単純に香港の蛇料理はこんなものかを体験してみてはいかがでしょうか?


住所:深水埗南昌街139號地下
営業時間:月~日(11:00 - 22:00)

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2019/02/10

スリルの道は百年前から傑作

香港の繁華街にそろそろ制覇して、
郊外の様子を見てみようと思って、
大体皆さんが最初に思いついた場所はスタンレーでしょうか?
そして、
スタンレー行きバスの途中にダムの上に走る細い道を覚えていますか?
実は辺りは100年歴史もある法定遺跡群です。


全体の貯水湖群が4つに分けられて、
最も施工が早かった箇所が1883年からだそうです。
1917年、最後に完成された貯水湖である「大潭篤」ですが、
当時「アジアの第一ダム」と称賛されました。
今でも落成後まもない建てられた記念碑が健在です。
その横からダムの下への道があります。


ダムの下にはBBQ施設があり、
休日には賑わって談笑の音が途絶えることもなかった。
ダムの建築はコンクリートと花崗岩を併用して、
スタンレーと都心部に結ぶ道を支えて作られた。
本来は海まで面する設計だったが、
波の衝撃に耐えられない恐れがあったから、
今の場所に定められた。
この貯水湖の建設によって、
底に位置する村落「大潭篤村」が沈んだまま消えてしまった。


ちなみに、ダムの下にも取水ポンプ場や管理職員の寮まで建てられて、
香港映画「コールド・ウォー 香港警察 堕ちた正義」のロケ地にもなった。
別に映画ファンでもこの下り道でダムの迫力が十分感じられます。
若い人にとっては永遠のインスタ映えスポットにもなってるので、
決して危険な場所ではありません。
※できれば、付き添い友達と同行するのがベストです。


貯水湖群の21カ所の関連建築を巡るためのヘリテージトレイルがあります。
「大潭篤」貯水湖の反対方向に登って行けば、
大量の植民地時代の美学が目の当たりすることができます。
最初は平坦な道路、
水一本だけでも気軽にハイキングの気分を味わいます。


特に秋、冬の晴れる日に家族連れの人がゆっくり歩きながら、
風景を見たり、写真を撮ったりします。
途中でもピクニックやBBQできる場所が設けられています。
休日になると、
さらに混み合い、事前に場所を確保しておく必要があります。


貯水湖群の奥、トレイルのスタート点にある山中まで歩くには弱1時間、
しかも、坂道になっていくため、
体力に自信ない方が無理しないようにしてください。
めったり歴史建築に囲まれながら、
自然風景と生態も触れることができて、
さらにゆっくり散歩感覚で進めば、
きっと満喫できると思います。
このトレイルに秘められてるウンチク話や逸話はまだまだある、
貯水湖の建設チーフエンジニア【Daniel Jaffe】さんですが、
建設完了一年後壊血病を治療するために帰国、
その二年後に病死、享年46でした。
生前の貢献を記念するために、
湾仔にある道「謝斐道(Jaffe Road)」を命名した。


トレイルのスタート点にはもう一つ重要な歴史遺跡があります。
「群帶路里程碑」というひょっとしたら170年を超え、
道の名前か人を記念するためか地名の記載など諸説が紛らわしく、
当初「阿群」という香港人が瀑布湾に上陸したイギリス軍のため
地元しか知らない道で香港島の北岸までに案内してくれたことを記念して、
建てられた説が有力だった。


植民地警察のバッジや過去HSBC紋章のデザインもこの説をモチーフにした。
ビクトリアハーバーを背景にして、
西洋人らしき人物の二人と立ち並ぶ香港人らしきの「阿群」が絵となり、
上記の説を立証するように見え、
世間に「阿群帶路圖」と呼びます。

(インターネットから引用写真)

(インターネットから引用写真)

しかし、
1967年アバディーンの道端で「群帶路里程碑」が発見されたことによって、
今まで有力と言われる説を覆すようになった。
現在ほぼ真実が明らかに、
「群帶路」とは清の時代の歴史書類に記載された地名、
「群大路」という発音ほぼ「群帶路」と一致する場所ですが、
今のコーズウェイベイの辺りを指し、
植民地になった間もない頃に人口統計を行った時、
わずか50人の漁村でした。


発見された「群帶路里程碑」が現在香港歴史博物館に展示されていますが、
その後、ここにもう一個「群帶路里程碑」も発見されて、
表面に「Victoria 5 miles」、中文で「群帶路十八里」が刻まれ、
裏に「STANLEY 1 miles」、中文で「赤柱十四里」の文字がまだはっきり、
その後、薄扶林ダムにさらにもう一基同類の石碑が発見されたため、
道標的な役割として建てられたに違いない、
そして、「群帶路」という場所は当時植民地政府が香港島の北岸に、
作られた「ビットリア シティー」を指すことと確信されました。
その証拠となった歴史的な石碑が実際まだ触れれるものがここのみです。

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