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2019/03/08

グリーンが満ち溢れてた香港

気づいてる方もいるだろうと思いますが、
香港の至る場所がなぜかこの「グリーン」を目に入る、
思い出してみてください。
街端にはみ出る屋台、露店から、
シンボル的な存在のスターフェリー、路面電車、
約30年前で使用してたピークトラムの車体まで
すべてがこの「グリーン」をテーマ色にした。
実はある理由で専門家からの分析でわかりました。


一般な視点としては、
この色が目立ちながら、耐用性があるという理由で使用し続けた。
一方、
屋台や露店の運営規制に関して、
外貌の色の指定など特にルールあるわけではありません。
基本的に色使いは自由です。


香港大学の副教授の李浩然氏が有力の説明による、
1945年戦後、
香港の経済発展がそれほど著しくなく、
社会的な消費風潮がどちらからというと保守的、
とにかく実用性を重視し、
単価が安いものを選ぶスタイルでした。
香港植民地政府もうそうでした。


この「グリーン」は第二次世界大戦で軍用車両など設備で使用してた色です。
戦後と伴い、
大量「グリーン」と軍艦で使用された「灰色」のペイントが残された。
在庫あまりにも莫大のため、
低価格で政府機関から民営事業までにさばくのが消耗する一番の近道。
まさに当時のニーズにビッタリです。


そして、この色が「緑」であることで、
ちょうど広東語の「禄」の発音が同じで、
福禄寿の「禄」の意味でも取られて、
縁起のよいことで一般市民まで受けられやすい説もあります。


さらに、
戦後まもない頃に、
物資不足の原因もあり、
建物などでも白や灰色の塗装がほとんど、
「グリーン」を使用すると、
目立つことで商売などにも有利ではないかと思われています。


大きなものから小さいなところまで、
この「グリーン」の存在が必ず気づいてると思います。
今もうあまり見れない石油ストーブ(広東語は「火水爐」)、
唐楼の窓枠、かつて公園などでも見れるベンチもこの色です。


しかしながら、
高度経済成長とともに生活も豊かになり、
使用できる物資も簡単に手に入れ、
色使いの選択肢も増えて来ます。
そのきっかけでこの香港の貧しい時代を象徴する色が見れなくなり、
逆に街の中で見つかると、
なぜか親しく写真を撮りたがる存在のテーマ色になっています。


ちなみに、
湾仔にある有名な「ブルーハウス」ですが、
青くになるのがペイントにまつわる偶然だそうです。
返還を機に古くなってる外壁を一新するという発想で、
最終的に取り壊す予定だった「ブルーハウス」を青くした。
なぜ「ブルー」を選んだかというと、
当時政府には最も在庫が多かったペイントは「水務署」だからです。


あまりにも奇抜な色がついてる建物で、
次第に有名になり、
多くの見物する人達まで呼び寄せる魅力にかわり、
政府が心機一転か一級歴史建築物を認定した上、
取り壊しの運命から逃れることができた。

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2018/09/03

お化け屋敷と豪邸の間

ビクトリアピークで世界にも超有名な散歩コース、
抜群の眺めを擁しながら、
混雑とは無縁でのんびりジョギングできる「盧吉道」ですが、
普段は爽やかな散歩道のイメージが強かった一方、
沿道にいろな貴重な建物や豪邸が存在してることをご存知ですか?
数多く植民地になって初期から建てられたもので、
歴史建築が認定された所もただあります。


今回ご紹介するのが香港<最高>のお化け屋敷と言われる廃墟化した豪邸、
現在立ち入り禁止の地となり、
取材の敢行する日にたまたま運がよく、
管理の担当スタッフと交渉した末に入れさせて頂きました。
かつて撮影目的で不法侵入する人も少なくなかったため、
敢えて住所と豪邸の名を公開しません。
この記事で建物の雰囲気を堪能してください。


盧吉道」に沿って徒歩30分に経たないぐらいに目に入るこの建物ですが、
実は第二次世界大戦の前に、
国民政府の将軍~【竜雲】氏から建てられた邸宅です。
過去4回にわたる買い手に転々としたが、
いずれもよい結果にならなかったというウワサがいつの間にか広められた。
オーナーが倒産になり、
次のオーナーが家の中に死去などいい話がまったくありませんでした。


さらに夜中に子ともの泣き声が聞こえたり、
日本軍に占領されたり、
過去家内で修道女の首を切り落としたなど真相を究明できない話ばっかりで、
ビクトリアピークの好立地にもかかわらず、
かけ離れてる値段を付けてもなかなか引き取る手が現れません。
2004年についにオフショア法人から7628千万HKドルで買い取ったが、
それでもずっと放置されたまま約四分の一の世紀、
ようやく最近何か動きがあって、
ちょうど取材当日は管理者が入口周辺から庭までの修復作業を見た。
もしかして、近い将来は綺麗になって開放されるではないかと妄想してみた。


かつて豪華な室内写真を見たことがあって、
取材当日の無残な姿に変わって、
ある意味衝撃でした。
割れたカラスとあっちこっちの落書きは当たり前ですが、
それでも、豪邸という形はまだまだ健在です。
数年前までに取り残されたわずかな家具も撤去された模様、
とりあえず一階から二階まで一周をしてみた。


うわさのようなお化け屋敷な雰囲気はあまり感じませんでしたが、
やはり誰もいない広い家の中で、
一人でうるうるすると不安になるだろうかと予想してたから、
ありがたく同行して頂く仲間の二人を心強くさせてもらった。


建物外に温室と広い庭などもあるので、
一通りに回ってみた。
昼のこともあるが、
確かに夜になって、
真っ黒になったら、
肝試し最高の場所になるかもしれません。


温室と邸宅の間に細い階段があって、
降りたら、
地下室のような場所があります。
確かにプールも設けられたと記憶にあった、
当然水なんで全然入ってなかった。


トキドキしながら、
地下室まで降りてみた。
まるで別世界に突入し、
ヨーロッパ風の壁が無造作に葉っぱと木とうまくかみ合っています。


思ったより広かった地下室ですが、
空っぽで何もありませんでした。
本来余裕があれば、
じっくりみたかった。
管理者が「ちょっとならいいよ」ということで、
中に入ることをあきらめ、
今回取材最も見たかった景色に集中します。


まずは庭からのビクトリアハーバー、
この一生涯もこんな場所に住むことなく、
香港の海景色を独り占めするチャンスはないと思って、
わずかな時間でも感じてみたかった。
100年前に落成された頃の雰囲気を甦ろうしてみた。
中に入ることをあきらめ、
今回取材最も見たかった景色に集中します。


まずは庭からのビクトリアハーバー、
この一生涯もこんな場所に住むことなく、
香港の海景色を独り占めするチャンスはないと思って、
わずかな時間でも感じてみたかった。
100年前に落成された頃の雰囲気を甦ろうしてみた。


次に駆け付けないと気が済まない場所はここ屋上です。
この豪邸を知ったのもここから撮った一枚の写真のおかげでした。
なぜか【香港】という落書きと目の前の全てに合わせる映像ですが、
思った以上の魅力を感じさせられたため、
実際この場所に訪れてみたくなった。
時間を掛けて調べてから躊躇の気持ちも克服して、
やっとここに立つことができた。


運も助けられて、いろな難関も突破したが、
最後に再び試練に会った。
実際ここまでに辿り着くには屋外にある唯一の長い階段を利用しかない、
多少の覚悟ができてから一気に登り詰めた。
この一枚の写真のために頑張った自分に拍手に送りたいです。
今しか記録できない、今しか見れないこの香港景色のため、
苦労なんて何も思いません。


※現在は立ち入り禁止になってるので、
 許可のない限りに勝手に入らないようにしてください。

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2015/11/07

ビクトリアピークでピクニック

皆さんがビクトリアピークで夜景を見る以外、

何かするごとがあるか浮んで来るでしょうか?

ピクニックとか考えたことがありませんか?

このビクトリアピークの頂上に、

広い芝生と子供用の遊び場も揃ってる公園があるのをご存知ですか?


ピークトラムから降りて、

右側に歩くと、この看板が見えるはず。

実はここに二つあまり知らされてない公園への道の始まる場所です。

「山頂公園」はまた別の機会でご紹介しますが、

今回ご紹介したいのが「柯士甸山遊樂場」です。

この坂道を沿って登って10~15分ぐらいところにあります。


入口から入ってすぐものすごくキレイな芝生が見え、

休日のため、家族連れ、

カップルとかピックニックしてるところも見れた。

イギリス大富豪の豪邸を彷彿させる公園ですね、

確かに目の前に超お金持ちの一軒家が並ばれてる。


古典的な噴水と赤レンガで作られたお手洗いをはじめ、

あずまや、ベンチまで、

すべて植民地色がプンプンを感じられます。


すっかりモール化になってるピーク・タワーとその周辺の施設と比べ、

空気がより一層おいしいし、静かで、

まさに日ごろの疲れを取れてくれるプライスレスの場所。 





そして、公園の出たところから右へ3分ほど登っていくと、

誰も邪魔されることなく、香港景色を独り占めシークレットポイントがある!

この「26C」は目印です。 

ここで案外と知らない人が多くて、

見下ろす風景は様々な角度を撮るのも焦る必要ありません。

そして、このちょっと後ろところで、

休憩できるベンチもあって、

彼女にプロポーズをするには最高の場所ではないか?



肝心な景色はどんな感じですか?

この写真をご覧ください!

いかがでしょうか?


最後ですが、

もし「山頂公園」に行きたいなら、

このシークレットポイントから見える坂があって、

さらに沿って登って20分行くと着きますよ。

ちなみに、確かにタクシーでも行けるはず!



2015/10/18

セダンチェアレース

ちょうど一週間後、

セダンチェアレース2015の開催日です。

1975年から始まって、

毎年10月か11月に行われるチャリティーイベントです。

セダンチェアレースは一人乗りの椅子を「お神輿」のように、

数人で担ぎ上げながら、時間競争するイベントで、

現代になると、タイムの競い以外、

仮称の競いも注目されています。



下記の写真は過去の模様です。 

(写真 by Internet)

(写真 by Internet)

(写真 by Internet)

このイベントを開催するきっかけはピークでのマチルダ病院、

当時駐在されてた修道女のスミスさんの提案からです。

マチルダ病院の歴史を読み返したところ、

マチルダ病院までに運んでもらえた病者ですが、

ほとんどセダンチェアか人力車を利用したことがわかった。

それを記念しながら、チャリティーイベントも行いたいという一心からです。

香港駐在の日本人にも人気のマチルダ病院ですが、

とても素晴らしい立地で、

窓からこんな景色が見れたら、

体調の回復も早くなるでしょうね。


マチルダ病院のホームページから下記のような紹介文があります。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
1858年、
イギリス人 グランビル シャープとマチルダ リンカーンはインドでの
結婚式のあと香港で新生活をスタートさせました。
海賊や様々な困難を伴う南シナ海を渡り、当時植民地であった香港に着くと
そこはあらゆる伝染病が蔓延していました。
2人はここで医療行為を行い、沢山の人々を救ったのです。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

かつて、この病院は世界中最もきれいな病院のベスト3の内の一軒です。


しかし、植民地になったばっかり頃、

ピークが特別居住区に指定され、

西洋人しか住むことができませんでしたのに、

一般人は本当にこの病院に運ばれたことがあるか疑問がありますね。

しかも、セダンチェアや人力車を利用する費用、

決して一般人では負担できません。

その後、ピークトラムの開通と伴い、

セダンチェアや人力車の姿が消えて来て、

1924年以後、登山セダンチェアは完全に見れなくなった。

セダンチェアレースを通して、

少しでも100年前の雰囲気を味わいたい方々、

ぜひ、イベントを見に行ってください。



場所:香港山頂加列山道41 號

レース時間:1000~1100

イベント時間:1000~1500