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2018/04/03

盆菜宴会から垣間見る新界の一面

香港人すら、なかなか本格的な盆菜宴会が参加できないのに、
運がよくて、知り合いの誘いがあって参加できた。
盆菜と言えば、
新界の原住民から先代から引き継がれた伝統料理の一つです。
その由来は様々の説がありますが、
13世紀南宋末期に、
『元』の軍隊に追われた朝廷の君臣らが香港まで南下した際、
新界に通りかかった時に、
村人たちに熱く迎え入れられた。
しかし、持ってる高級食材や珍味をもてなすための入れ物が足りず、
切羽詰った村人たちが大きな木製の桶で盛り合わせて差し出した、
のちに盆菜までに進化されるという話が最も有力です。


盆菜宴会が昼でも夜でも開催されることも、
開催側になると思いますが、
今回の参加させて頂いた宴会は夕方からです。
午後5時半に新界にある囲村までに案内されたときに、
既に数えきれないほどひとたちが集まられています。
やはり囲村の住民とその親戚をはじめ、
親交のある仲良しの友人などしかこの宴会を誘わないみたいです。
それ以外、
宴会に欠かせない余興を担当するプロたちです。
囲村とは言え、
かなり本格的な機械、スピーカー、ステージまで一通り整って、
アマチュア歌手までをお願いして宴会を盛り上げってます。


盆菜宴会のスタートがバラバラなことは一般的だそうです。
とにかく、テーブルごとで定員数が集まれば、
すぐでも始まれます。
まったく知らない他人ではない、
きっとどんたの知り合い、親戚という内輪の人間だから、
相席なんで全然気にすることはありません。
当日は埋まってる席と誰もいない席しか見分けなかった。
宴会参加者が次から次へに円卓を埋めていくから、
我々のもすぐスタットを切りました。


盆菜について、
過去に【盆菜とは?】に軽く紹介しましたが、
もう少し細かく説明したら、
出来上がるまでに三日かかるという昔からの記載があります。
初日は山へ薪とり、十分な薪はないと、十分のご馳走が作れない、
二日目は新鮮な材料を揃えに買い出し、
三日目は丸一日をかけて料理するというあの時代だからの必要な工夫です。


伝統の盆菜の構成ですが、
上からそれぞれの食材で六層に重ねられます。
上の三層はガチョウ、鶏肉、エビや海の幸の干物など、
下の三層は大根、にんじん、豚皮がよく使われます。
煮汁のうまみが最上層から下の各層にしみ込み、
吸い込みやすい食材が置かれる最下層が全部を吸収し、
食べる順によって、
うまみが増していくという意図だと考えれます。


盆菜の下にあるコンロですが、
冷めないように一応火を付け続けています。
昔ではなかった現代的な発明の良さも取り入れました。
円卓の皆さんの写真時間が終わったら、
一斉に箸を差し、
好きな食べ物を拾ったり、
飲みながら、おしゃべったりし始めます。
特別なテーブルマナーが入りません。
ただし、途中アマチュア歌手の歌声や爆竹の音など、
思い寄らない音が飛び交っている、
のんぴり会話することはなかなかできません。


ちなみに、
盆菜は元々野菜がほとんど入ってない料理で、
由来からの分析ですが、
新界にどこでもありそうな野菜を朝廷の君臣に食べさせるなんで、
あまり価値のない料理を食べさせると同様の発想で、
あえて入れてなかったという説があります。


ただし、現代人の野菜不足を解消するには、
勝手に野菜を追加したりする習慣も珍しくないようです。
会場にも自らこの辺の野菜を取って洗って、
皆さんに配り、
即席に煮って食べる人もたくさんいます。
僕も含めでした。


なかなか具がありすぎて、
食べ切れない盆菜ですが、
円卓の皆さんのペースが落ちて来ます。
その時に、目を疑う光景が目撃しました。
空に舞い上がる花火がノンストップで15分も続きました。
もちろんその規模がビクトリアハーバーで行う花火大会のと比べられない、
高い建物のない広い新界の囲村の空に余計キレイに映った。


あの瞬間、金融都市の香港にいる感じがしなくなった、
かつての農村の時代にいると彷彿させられた。
爆竹、花火をするなんで、
厳密に言うと法律に反するのに、
なんでここでできるか疑問が既にあります。
そこで『新界』だからできるというモヤモヤな答えで片づけながら、
究明しようがないまま現在に至っています。
植民地になって150年以上にもかかわらず、
かわらないものはかわらない、
特に『新界』、
かわらない理由が何か今回の盆菜宴会で少し感じ取れました。
また機会があれば、ぜひ、お話をしたいです。


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2017/11/15

意味深い山に赤レンガでできた新界行政本部

この間、『新界の行政役員の官邸』を紹介したのに、
その行政役員の働く場所が偶然まだ残されて、
もちろん同じく「大埔」にある、
しかも官邸から歩ける範囲にあります。
ただし、普通に通り過ごしても気づかない、
むしろ見れないところに潜んでいます。
この「圓崗山」の上に素敵な建築物が存在しています。
以前を紹介した『綠匯學苑』を含め、
今回ご紹介する『舊北區理民府』も法定古跡に認定された。


実は前回『綠匯學苑』を取材した時に、
この山というより丘のさらに上のところに、
赤レンガから作られた植民地色の建物があることを見落とした。


1907年に建てられた『舊北區理民府』ですが、
当初は行政事務以外、郵便局や法廷としても使用された。
元々南北にそれぞれ一階建ての建築物で作られたですが、
第二次世界大戦後に建て加えによって、
南北の二棟でくっつくようになった。
建て加えの部分だけ二階になっているのがはっきり見えます。


レンガでできた回廊とアーチ型のドアと窓の組み合わせで、
素敵すぎます。


ちなみに、建て加えで二階になったのが北の棟です。


こちらから裏側ですが、南の棟になります。
一階のみだけのところです。


長い回廊に思わず定番ショットです。
何度見ても飽きませんね。


ここからちょっと下の場所に小屋があります。
今は活動室になっていますが、
昔からあるかどうか不明です。


突き当りの位置に空になった石の砲架が見れます。
かつて植民政府が新界の99年間の租借が決まった後、
1899年4月17日、この丘でイギリスの国旗掲揚式が開催された。
つまり、最初からこの場所が重視されてるとわかります。


1907年に建てられた『舊北區理民府』ですが、
当初は行政事務以外、郵便局や法廷としても使用された。
元々南北にそれぞれ一階建ての建築物で作られたですが、
第二次世界大戦後に建て加えによって、
南北の二棟でくっつくようになった。
建て加えの部分だけ二階になっているのがはっきり見えます。


先ほどの小屋の下のもう一個赤レンガで作られた建物があります。
トレイのように見えますが、
実際は違います。
今は倉庫になってるだろう。


現在『舊北區理民府』が『香港童軍總會新界東地域』の本部になっています。
日本語でわかりやすく説明すると、
新界の東地域のボーイスカウト連盟の本部とのことです。
基本的は建物の内部は特別の一般公開イベント以外、
日頃は開放されません。
窓越しで部屋の内部の様子を伺うことしかできません。


でも、それ以外のエリアなら、
いつでもウェルカムだそうです。
朝からジョギングや太極拳を励む一般市民がここに集結され、
一日の始めようとしていながら、
ここで働くスタッフの方々の通勤する姿も交えています。
とても不思議の光景です。


中身は入れなく、見れませんでしたが、
外貌だけ満足できる建築に違いないです。


さらならを告げる時に、
ここのセキュリティーガードに出会いました。
いつも通りにちゃんと仕事しています。
お疲れ様です。


『舊北區理民府』と別れた後、『〇〇』を経由で、
坂道に沿って下山すると、
途中にまた別の植民地色の建築物が見れるですが、
既に「文物修復辦事處」になってるようです。
しかも、立ち入り禁止と表示しています。
しばらく心残りになると思います。
またまた大埔に来なくちゃ!


住所:大埔運頭角里15號

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2017/11/14

離島から陸地の典型例~元洲仔

昨日ご紹介した植民政府の新界行政を担当する役員の官邸ですが、
立地の選定はきっと十分の考慮をして、
あれだけ優れた場所であることだから決めたと思われます。
元々離島であって、
高台になる小山もあって、
しかも、吐露港を一望できるなんで、
一般人にそう簡単に近寄れないながら、アクセス便利と景色最高、
まさに理想なロケーションです。
100年後、遠くから眺めると、
変哲もない森のように見えますね。


下記約50年前の写真をご覧頂けるとわかると思いますが、
まさしく丸い島でした。
陸地からはわずかの盛土に頼ってつないでいます。
ちなみに、
歴史をさかのぼって振り返ると、
1000年前の【南漢】時代に、
この周辺は真珠を採集する聖地でしたそうです。
500年の【明】時代まではずっと盛んだとのことです。

(ネットから引用)

そして、完全に今のような陸地になったのが1970年代、
植民政府が大埔ニュータウンの開拓計画による、
埋立地工事が行われた後です。
現在海沿いの数々の公園も埋立地からもたらしたものです。


新しいできた建設があれば、
以前から変わらない建設もあります。
元洲仔に法定古跡の『自然保護の研究センター』以外、
この『大王爺廟』もなかなか目立ちます。
先ほどの話にもこの辺りが真珠採集の聖地の延長になりますが、
「鶴佬人」と呼ばれる潮州人系の漁民が多く海の周囲に生活してるため、
彼らが祀る水神~「大王爺」に対して、特に篤信します。
【清】の晩期に元洲仔に在住五大氏族より集金したで、
ここの『大王爺廟』が建てられました。


二回にわたった再建で今の外貌になった。
決して古き良きお寺の雰囲気が漂ってるわけではありませんが、
案外に見所が結構あります。
外壁にこの大きいな壁絵が見れます。
素朴な作りにこういう豪華な作りが隠れています。


一般のお寺のように、
普段は管理者がお寺の内部のメンテナンスが清掃が執行されます。


「大王爺」の席はここです。
厳粛で静かな空間そのものです。
写真を撮るのが自由ですが、
管理者が映されたくないため、
自ら退席しました。


神様以外、
元洲仔の過去の歴史写真が地元から提供されて、
寺内の壁に張り付けられています。
感慨深いものばっかりです。


壁絵は一箇所だけではなく、
お寺の奥行きにこのステキな一面があります。
この絵も案外に見所が結構あります。
外壁にこの大きいな壁絵が見れます。
素朴な作りにこういう豪華な作りが隠れています。


壁絵は一箇所だけではなく、
お寺の奥行きにこのステキな一面があります。
ちょうど迎い側にもう一個神様がいます。
漁民なら、絶対祀る対象となる「天后」様も設置されています。
当然、両方もお願いしても批判対象になりません。



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2017/11/13

隠れる古跡~新界の行政役員の官邸

1842年以後、香港島がイギリスに割譲されはじめ、
1860年、次は九龍半島も割譲された。
1898年、両国の緩衝地帯として新界の99年間の租借が決まり、
香港は完全のイギリスの植民地になりました。
新界を総括的に管理するために、
新界における行政が大埔を中心に行うことに植民政府から決まられた。
そして、取りまとめ役となる「民政事務專員」、
つまり新界の各地域の行政役員です。
この重要な役職の官邸がここ【大埔元洲仔】で1905年に建てられました。



1986年、官邸がNGOの『世界自然保護基金』に譲り、
現在は自然保護の研究センターとして使用されています。
普段の一般公開が午前中のわずか2時間、
土日はお休みということで、
この建物の存在を知る人がわりと少ないようです。
タイミングを計って、
ようやく最近密やかに注目されてる法定古跡に見学しに行ってきました。
道を沿ったら、『世界自然保護基金』のロゴがついてる看板が見れます。
この細い階段を登り切ったら、入口です。


高台までに到達したら、
しばらく庭のようなところに一本道が舗装されて、
そのまま進んだら、
土日はお休みということで、
すぐに建物が見え始めました。


見えたのがこの夏に上映したばっかり香港映画【明月幾時有】で、
主演の一人の日本人俳優~永瀨正敏さんがよく出てるシーンの中、
香港憲兵隊本部として、ロケされた場所の建物群です。


先に目に入る低い建物ですが、
かつては召使いたち、苦力たちの寮舎でした。
キッチンや収納戦用の部屋まで併設されてるヨーロッパ調の建築ですが、
二階のところに男性ゲスト専用の部屋も設けられています。


取材当日に部屋がちょうど片付けられてる様子、
宿泊施設にもなったと思いますが、
どう泊まれるか確認してみないとわかりません。


今度は邸宅に移動するために、寮舎を後にした。
洋風の外貌に香港の気候に適する作りの寄棟屋根との組み合わせ、
雨多い、湿気高くても対応できる建築物です。



正面玄関に『WFF』のシンボルとなるパンダさんが出迎っていますが、
しばらく建物の周囲に見学することに、
まず裏まで行くには回廊を通さないと行けません。


その前に、建物全体の窓があまりにも素敵で、
何度も思わずシャッターを押しました。



回廊の向うに、小さいの庭園があります。
ここから広い「吐露港」が独占できます。
晴れる日なら、気持ちいいよね。


こちらから邸宅裏で建物を見えると、
物凄く植民地色を感じます。
さすがにあれだけ重要な役職で、
住んでる家が物語にしか出てこない豪邸まではいかないが、
品格ある社宅が一目でわかりますね。


その中で、
この巨大なアーチと窓、ドアの作りに惹かれました。
まるでチャペルを彷彿させる変わった形です。
庭で結婚式を行ってもいいぐらい気品漂う場所です。


裏に邸宅の中への入口もあるので、
土足禁止ということで、靴を抜いてから部屋に入ることに、
室内の所々が『WFF』の事務所や作業場になっていますので、
くれぐれも注意して、邪魔にならない程度で見学してください。


全ての部屋を見たわけではないですが、
いくつの部屋に暖炉が付いてるみたい、
しかも、何種類もあります。
恐らく使用済みでしょう。


ここから二階へ行く階段、
色使い、程よく老朽化の木質だけでたまらない空間を作り上げた。


ここが屋根付きのベランダでしょう。
あの植民地代の役職生活を想像してしまうぐらい優雅なスペースです。


もしかしてここは書斎の部屋ですが、
香港映画【明月幾時有】でなんか見たことある、
このシーンでしょうね。



映画内にまだこの最もわかりやすシーンがあります。
正面の庭から官邸の全体を納めました。
永瀨正敏さんがあの石の椅子に座ってた、
この映画は日本にいつ上映するだろう。



実は到着した時に既に閉館前の30分、
ゆっくり味わうことはできないまま、
官邸の別の入口方向に出ることに。


寮舎と邸宅の間に細い道と階段があり、
そこから降りると、
先ほど話した寮舎の裏を一目瞭然に。


下り坂を沿って行けば、もう一個建物が見れるはず。
あれは厩舎とキャリッジハウスだった、
当日は内部工事中してるみたいので、
今後は何になるか気になりますね。
インフォメーションセンターとかになる可能性は大だろう?


ここからの店を沿って行けば、大通りに戻れます。
ちなみに、立地が海の傍のため、
ここから大埔海濱公園、工業団地も遠望できます。
時間余裕があれば、ぜひ、そちらまでも制覇してみてください。
大埔の見所が案外多いですね。


場所:大埔大埔公路元洲仔段
開館時間:1000~1200(月~金)


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