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2017/08/08

山腹の中華菓子の老舗~大歡喜餅家

青衣の【涌美村】で最も有名な老舗と言えば、『大歡喜餅家』!

『奇華餅家』、『恆香老餅家』に負けず、

伝統な【唐餅】(中華菓子)を製造する重鎮であります。

唯一の違いのが機械のフロープロセスに頼らなく、

全ての【唐餅】が一個一個手作りで仕上げたとのことです。

今年創業ちょうど50年越え、

昨日【涌美村】のご紹介の通りで、

1978年頃、青衣の大型開拓により、やむをえず今の場所に大移転しました。


ほかの大御所のように、大量生産をせず、

手作りのこだわりを貫いてきたおかけで、

チェーン店化になれなく、看板も昔のまま地元しか知らなく、

依然この山腹の小さい村で古い店舗を死守する毎日です。


賑やかな通で店を構えたら、

店頭がこんな寂しい風景にはならないはずと思ってるが、

やはり今二代目の兄弟がお父さんの志を守りたかっただろう。

よく看板を見てみると、

「兄弟」の字も書かれると発見できる、

そこから親子二代の絆と感じ取れます。


遠くから見れば、まったく魅力を感じないお店ですが、

近づくと、見たことないか懐かしい「おやつ」ばっかりです。

出来立ての『鶏仔餅』が見れました。

日本人にも人気ある【奇趣餅家】の『鶏仔餅』と食べ比べてみたいですが、

別に狙ってるものがあるので、

あえて激写ぐらいしかしませんでした。

見た目では負けてなさそうです。

ちなみに、『鶏仔餅』とは南乳の餡が入ったパン、

甘いと塩っぱいが混在されて、サクっとした食感のおやつです。


今回私の目当てがお店の真正面に飾られてる写真の中であります。

本当に簡単に手に入らないおやつです。


まず、日本の駄菓子用ガラスボトルのような透明の容器に、

目標を発見しました。


そして、その隣にあるいくつのおやつも気になりますが、

お腹のスペースは有限ですので、

無理せずに、初心に戻り、当初から狙ってるもので決めます。

次回にまたよろしくということです。



収穫したすぐ家に戻り、

真っ先に食べたのがこれ~『豆沙酥』、

簡単に説明すると、あずきパイです。

重ねた薄いパン生地の中にあずきの餡をたっぷり入れたおやつです。

日本のあずきの甘さより控え、

和む味と小麦粉にラードを加えて作った生地の相性が抜群です。

サクッとした食感だから、ついつい食べたくなるに違いないです。

ただの4HKドル、リピート決定!



さらに次の日にこの「芝麻餅」の実食です。

低グルテン粉から作った生地に、

ごまをかき混ぜた後、焼き上げるおやつです。

思ったより簡単な作り方ですが、

結構焼き上げの腕前が試されます。


それ以外、薄ければ、薄いほど、噛み応えがあります。

写真の一枚は普通に市販されてるものよりはるかに薄いです。

手を持ってるだけ、いい香りが漂っています。

噛み付いたら、あの爽快さが忘れません。

ごまの味が口の中に広がってくる、

絶対病みつき一品になると確信します。

これもリピート決定です。こちらは15ドルの6枚パックです。


懐かしい味は丁寧さがないと作れません。

2種類しか食べたことないおやつですが、

既にオーナー兄弟のこもった気持ちが感じ取れた。

せめて、今の世代の人たちにかつて皆に愛される味を食べさせたい、

忘れてほしくないため、毎日朝から黙々と作り始めます。

このようなお店が可能限りに応援したいです。

住所:青衣涌美老屋村44號
営業時間:0600-1800(月~日)

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2017/08/07

青衣の発展に貢献した人達の村~涌尾村

40年前まだ孤島のような青衣ですが、(大昔は『春花落』と称されてる島)

船以外の交通手段は皆無でした。

そして、漁港から世界へアクセスするための通過点になり、

二十万人も密集されてる町になってるのが原住民の協力のおかげでした。

島内に重要な土地を拠点するいくつの村落が政府の説得を受け、

大移転を承諾したことによって、

ついに皆さんのご存知のような青衣に生まれ変わり始めました。


今回訪れたのが山腹にある「涌尾村」です。

囲村ではないので、

どこからでも入れそうな村作りで、

いきなりこの村を紹介するような壁絵で歓迎されます。


少しずつ進んでみると、

飲食店の裏に見える作業場が現れます。

よそ者にあまり警戒されていないようで、

まず一安心、さらに進もうと足が早まった。


すぐにも商店街のような通りの手前についたようです。

萌え萌えの看板だけでもそそられます。


わくわくしながら、ここのお店から入ってみます。

午後3時半すぎ、

地元だけの世間話の会しか行われてないみたい、

閑散としている店員さんまでその会を参加しています。


一杯でも飲んでみようと思ったが、

黒い雲が追われてるため、ゆっくりすることをやめて、

さらに道を進みます。

しかし、人の気配がどんどん感じなくなり、

平日の午後とは言え、

あまり元気なさそうな雰囲気が少し殺風景ですね、

普段の昼過ぎが大体こんな感じと下調べてわかったので、想定内でした。


村人に遭遇する前に、

鳥さんたちに出会ってしまった。

飼い主が見渡した限りいなかったため、

とりあえず、ご挨拶ぐらいしておきました。


途中、この村の役場のような建物にも見ました。

こちらもドアが閉まっています。


村の敷地内にグルグル回るうちにやっと空いてる売店を発見しました。

乾物屋さんのようです。


この閉まってる店の前の二つまな板が相当歴史あるだろう。

肉屋さんのものでしょうかね。


ここで村から少し脱出して、

300年以上歴史を持つ【天后廟】が近くに建てられてると聞いたから、

3分もかからない、別の村の中に、

小さいな【天后廟】が潜まれてると見つかった。

存在は300年以上があるが、二回に渡った移動、

三回の建て替えが行われたことによって、今の顔になった。

そこにある小さい池が必見、旅の疲れが癒されるかもしれません。


【天后廟】と別れた後に、

山の向い側に別のお寺を発見しました。

「伯公爺」を祀っているお寺、これまたしても規模小さくありません。

ちなみに、「伯公爺」とは土地神ような神様です。

寺巡りが好きな方なら、きっとこの山腹だけでも満足できると思います。


再び【涌尾村】に戻ったら、

目の前に村を創立する先祖様の「陳氏」の祖堂が二棟も建てられています。

こちらも扉がしっかり閉めてる、

祖堂はそう簡単に入る場所ではないですね。

話による、祖堂は【涌尾村】が大移転する前の模様のままで、

今の場所で再建された。


大移転の話ですが、

政府が当初【涌尾村】の住民の住んでた家の面積を応じて賠償したほか、

今皆さんがご覧になってる規格の三階建ての住宅も提供して、

住民以外、移転前に既にお店を経営されてる人に対しても、

同様の条件で説得しました。

結局、地元の人はもちろん、

かつて村人から愛されてるお店でも大移転できました。


史上の一番成功したと言われる大移転のおかげ、

老舗が老舗のままでしぶとく生息されるところで、

その美味しさの重鎮が今でも味わえることが幸せでいっぱいです。

その詳細は明日続きます。二十万人も密集されてる町になってるのが原住民の協力のおかげでした。

島内に重要な土地を拠点するいくつの村落が政府の説得を受け、◎◎

大移転を承諾したことによって、

ついに皆さんのご存知のような青衣に生まれ変わり始めました。


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2017/04/24

懐かしき団地シリーズ~葵盛西邨

団地マニアにとって、すっかり名物になってる『興華二邨』ですが、

香港ウンチク話さんからのブログ記事にもその全貌が堪能できます。

今度ご紹介する団地がまさしく『興華邨』の兄弟であり、

香港内にはこのような奇妙な建築群が見れるのが二箇所のみ、

柴湾以外は葵涌地区にある【葵盛西邨】です。


【葵盛西邨】は『興華二邨』とほぼ同時期の1977年に完成された、

巨大建築群に【葵盛西邨】のほか、【葵盛東邨】も存在します。

興華二邨』のすぐ隣に興華一邨』があるという構成までまるまるかぶり、

山の斜面に沿って建築されるまでそっこりです。

大きく異なる点と言えば、

お互い団地の一番見所~外壁に付いてる共用通路でしょうか。


10棟から成り立つ【葵盛西邨】を歩き回るには時間かかるため、

今回は最も特別な6番、9番の棟を絞って探索して来ます。

【葵盛西邨】まで辿り着くにはバスかミニバスという手段しかありません、

終点下車にしたら、ちょうど6番と9番の棟の間であり、

団地内の表示で従えば、すぐみつかるはず。


終点のバスターミナルの位置は山腹であるため、

登ることなく、そのまま9番の棟に目指したら、

すぐあの外壁に張り付けてる通路らしきものを発見しました。

写真の奥に通路に直結するエレベーター塔が見れます。

山麓から帰って来る住民たちがそこのエレベーターを利用して、

外壁の連絡通路を経由すれば、さらに高い位置ある棟に移動できます。

どのぐらい高いかエレベーター塔へ行く途中の道から下に見下ろしてみる、

山の岩に密着しながら建てられてる建物、

しかも多く人住まれてる公共団地です、すごくありませんか?

香港の狭い土地が如何に有効利用かのよい例が示されています。


外壁の連絡通路に沿って進みながら、

付近の風景が眺めることができます。

あのプール群は公共施設ですが、

【葵盛西邨】に所属されることではないです。


山麓へのエレベーターの前に着きまして、

いきなり扉が開いてくれて、前後のも前回することが予想外です。

ボタンは※5(5F)、18階の2つだけ、

※5はなんで※付くだろう、今でも謎です。

※5を一度押したらが、やはり山麓に行くのをやめた、引き返した。



住民ではなくても、ここまでの出入りが制限されることありません。

お昼では行き来する人が途切れることもなく、

他所からの人から混じっても違和感ありません。


再び、バスターミナルに戻って、

さらに高い位置の9番の棟を目指して行きます。

途中にこんなユニークなデザインも見れます。


9番と6番の棟の間はこの8番が挟まれています。

振り返って見ると、典型的な団地風景が目に入ります。

最大限の美しさが引き出されていますね。


6番の棟の空中通路に行くために、

登るエレベーターを使用しなければなりません。

先ほどご紹介したエレベーターで、18のボタンを押しました。

一瞬で18階に着きまして、すぐここから眺める景色を確認しました。

写真の右奥には9番の棟が見れる、葵芳の近辺が一目瞭然です。


そもそもこの空中通路は9番の棟の住民だけのためではなく、

山頂に近いそれぞれの棟の住民のためにもなります。

それ以外の棟への道が通路によって、繋がれています。

ここからも1、3、4、5番号の棟が目の前です。


本棟の18階からでも、

香港名物の干し竿とその洗濯物が間近に見れます。


通路に一箇所だけ気になってる、

柵が18階の通路に直結する部分のところに付けられています。

話による、本来は一般的な団地部屋をする予定でしたが、

さすがに干し竿が刺せないし、大きな窓を作るわけにはいかないだろう。


住民しか入れないところも柵が付けられ、

入口にパスワードを入力しなかったり、間違ったりすると、

ロックが開けてくれません。

パスワードがわからないわたしからは柵通しの一枚しかできませんでした。


とてもとても長い廊下ですが、

人の気配が全くない時に、意外と妙な恐怖感が漂っています。

空中通路が一通り歩き回ったら、団地内の一番人集まるモールに戻ります。

これだけの古い団地であって、商店もレトロ感が染まられています。

タイムスリップされるワンシーンの発見が決して難しくありません。



歴史ある団地と言えば、

この二階建てバスでも抜けれるトンネルの作りの存在です、

バスマニアから【凱旋門】と命名しました。

香港内にわずか数箇所が取り残されてるだそうです。

【葵盛西邨】の【凱旋門】はそのうちの一箇所で、貴重な作りとも言えます。



こうした変わった作りの団地が興味深いですね。

昔なら、低収入の家庭しか住まないというイメージが強かったが、

以前住んでた家庭が高度経済成長期のおかげで、

団地生活から脱出できたが、

時を超え、新たな入居されてる住民たちが果たして脱出する日があるだろう。


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