2017/04/17

正真正銘の客家料理~東江大飯店

香港に最盛期の客家料理のお店が全部で約160軒もありました。

それは戦後、広東省の恵州辺りから逃げ出した人たちですが、

香港のあらゆる住み込むようになったおかげでした。

特に新界地区、中で荃湾に有数の客家村があるとして有名です。

高度経済成長期の荃湾人口が爆発的な増加と伴い、

工場に地元と他所からのワーカーたちの数も急上昇、

生み出した客家料理に対するニーズに’応じるように

まだまだ田舎頃の荃灣でも8軒が現れました。

時代が変わり、荃灣もあの工場だらけの街ではなくなり、

次第に客家料理のお店も消えて来ます。

今回ご紹介するお店は唯一取り残されてる中堅~東江飯店です。


1977年開業されて、一回の内部リフォームをしたものの、

内装は昭和レトロな味わいのある空間が依然健在です。

本当にリフォームしたか疑われるかもしれません。

老舗の証になる二階への階段がありますが、当日行くことなかった。


訪れた日が夕方6時前ため、テーブルはまだ埋まっていません。

わりと大きな円卓しかないので、一人や二人は不向きと思われるが、

実際二人だけ来て一テーブルを囲む光景も見ました。


メニュー内は多少写真付いてあります。

言葉のわからない観光客にはありがたいです。


大勢だから、いろなも頼めるのがよいと思いながら、

一つの品もかなりボリューム満点のため、

大人六人でもこれぐらいオーダーストップしなければなりません。

お店の不動の定番メニューはもちろんもれなくお願いしました。

それは写真のど真ん中の【四喜大拼盤】、

生炒骨、炸大腸、炸春卷、椒鹽鮮魷が含まれてる盛り合わせです

すなわち、生揚げ春巻き、中華風いか唐揚げ、揚げ豚の腸と酢豚です。

奥にある【鹽焗雞】(塩鶏の丸焼き)も外せないです。

右下にあるのも客家調理方を使用した【燜三仙】、

めた椎茸、アヒルの水かき、牛の髄骨をスープで煮込んだ逸品です。

代表中の代表の【梅乾扣肉】(豚肉と漬け菜の蒸し物)は頼みませんでした。


wikipediaにも紹介されるように、

客家人が流転の多い生活によって

携帯や保存の利く漬物、乾物、燻製をよく利用することが多いみたいです。

また、昔から客家人の肉体労働者が多くて、

労働での発汗による塩分を補給して体力を維持するため、

脂こく、塩辛く、濃い味付けが多いとのことです。

勤勉で節約家の気質を持つ客家人ですが、

皮、脳髓、内臓など等、毛以外はすべて食べるし、

そのためにさまざまな料理方が発達されています。

このお店が忠実に客家料理の真骨頂をみせつけてくれました。


お店が現在二代目から三代目に世代交代してるところで、

地元以外、新たな若いお客さんも愛されたいために、

健康志望のニーズに合うカルダモンオイルを使用するようになります。

老舗はずっと固く変わらないことないが、よい方向への進化が見えています。


最近頃お店が立地してるビルが工事してるため、

正面な写真が撮れませんでしたが、

顔を仰向けにしたら、あのキラキラ輝いてる看板が見えるはず。

真の客家料理を味わいたいなら、ぜひ、訪れてみてください。


住所:荃灣沙咀道290號地下
営業時間:1115~2230(月~日)

↓このブログをご覧になって、いいと思ったら、ポチっと押してほしいです。
↓你按一下,我個blog就可以係日本或香港更受人關注,可以令更多人有機會睇到!
にほんブログ村 海外生活ブログ 香港情報へ

2017/04/10

沙田の歴史に欠かせない~王屋村古屋

土地狭い香港とは言え、

大昔の道路や鉄道すら整備されてない時代に、

数時間では香港島、九龍半島から中国内陸までに辿り着けれなく、

途中にどこか一晩を過ごさなければなりません。

ちょうど一世紀前、よく行き来する商人たちや旅客にとって、

沙田という立地は絶好の休憩場所だそうです。

当時の人たちが現在沙田の圓洲角辺りで泊まれることが多かった、

【義利客棧】という宿泊施設が今回ご紹介する王氏社宅の近くで建てられた、

かつては名を馳せた存在でしたが、

時代の進化に伴い、交通網の発達により、施設の役割が薄れてきて、

次第に消えてしまった。

【義利客棧】を経営する王氏一族の村も今の一棟しか取り残されていません。


内陸から香港に移り住む客家人の王氏夫婦ですが、

清の乾隆帝時代、

すなわち1700年代半ばに沙田の圓洲角に『王屋村』を作り上げた。

今の一軒は『王屋村』の第19代目の王氏が1911年に建築された民家です。


入口に取り付けられてる「趟龍」と言う引き戸形式の木の柵が見れます。

それで最初の棟に入り、次に奥へ進むと、中庭があります。



さらに進むと、後ろの棟に到達します。

それぞれの棟より左右それぞれ一部屋が展開されて、

「四合院」に類似ですが、若干がかわります。

清時代に流行された「二進、一天井、三開間」という建築スタイルです。


部屋ごとで役割分担もあるそうです。

台所だったり、浴室だったりも間近に見れます。


これはトイレかな?

下の写真は稲の脱穀機ですね。


キレイに保存されていますので、

過去、王氏一族の生活っぷりが垣間見えると思います。


訪れた日にタイミングがよく、

「邂逅!老房子」という芸術展覧がこの古屋に行われています。

香港に四棟の古い建築物を選び、芸術と歴史をコラポするという企画です。

王屋村古屋が「沙田」に関連する芸術の展示をすることになっています。



単なる展示ではなく、プロジェクターを利用したり、

音声や音楽を通して、建物内でストーリーテリングします。



二階への階段があるが、基本的に立入禁止です。

それ以外は自由に見学することができます。

展示品の中、沙田の古今を反映する地図もなかなか面白いですが、

さらに、もう一個「伝承」によるものです。



300年前の沙田は藍染めの盛んだ場所という「伝承」があります。

藍染めのための染料は【山藍】からで、

約1年をかけて、たくさん年寄の地元に聞き込みによって、

沙田の【山藍】を見つかり、古屋に大事に展示されています。



展示会は今年(2017年)の6月30日まで、

興味あり方、ぜひ行って見てください。



本題に戻り、古屋の外観にある彫刻などの細かい飾りが施されており、

独特な雰囲気を醸し出していますね。

上記の横から撮った写真では、

古屋の構造がもっとわかりやすく反映されるだろう。


古屋の隣には、このような小さな建物があって、

なんだろうと考えながら、

きっと神様を祀る場所と勝手に思い込んでいます。


冒頭に述べた「沙田の圓洲角」の地理の利便性によって、

中国内陸と香港に往来する人たちが慣性的に泊まる地として紹介してたが、

まさに、今の古屋の横でも現代のホテルを構えてることで、

きっとこれがこの土地の運命だろうねと不思議さを覚えています。

たしかにリーガル リバーサイド ホテルですね。



住所:沙田圓洲角王屋村
開放時間:09:00~13:00、14:00~17:00
定休日:火、クリスマスと翌日、元旦、旧正月3日間

↓このブログをご覧になって、いいと思ったら、ポチっと押してほしいです。
↓你按一下,我個blog就可以係日本或香港更受人關注,可以令更多人有機會睇到!
にほんブログ村 海外生活ブログ 香港情報へ

2017/04/06

まぼろしの銀行

金融の大都会の中で、支店はない、ATMも設置していない、

通帳を持ってる人の数がわずかというとんでもない銀行が存在します。

セントラルの繁華街に馴染んでるような外貌ですが、

通りかかっても、あまり違和感を感じないごく普通の銀行と思わせます。

名前の広東語発音がある有名な「大新銀行」に近いのため、

いきなり香港人に「大生銀行」を聞いたことあるかとお尋ねても、

「大新銀行」に聞き間違われたり、勘違いをされたりします。

実は「大新銀行」より先の1930年開業した「大生銀行」ですが、

普通の銀行とは違って、

年度平均の利益はただの100万HKドル前後だそうです。

銀行業界の中には異例中の異例です。


80年越えの老舗が既にある程度規模の発展がされてるはずですが、

なぜか開業当初とあまり変わらない業務しか行わないだろうというと、

すべて創業者の馬錦燦さんの遺言によりしばられてるからだそうです。

40年前、一度家族内の紛争があって、一部の株が他人に売ってしまって、

一度買収される危機に陥ったことから、

家族の株を他所に売ることを禁じるという遺言まで作られました。

このきっかけで、家族による銀行の運営仕方が消極的になって来ます。

創業者からかつて買い取った様々な立地よい不動産で、

莫大な家賃収入でも家族全員の生活に十分サポートできます。



創業者の12人の子供を含め、銀行の16人の取締役も家族の関係者です。

銀行のお客さんはほとんど家族の知り合いだそうです、

一般人が口座開設することがあまり聞いてことありません、

そして、偶然に仕事で行く人からの証言による、

銀行内部にも不思議な光景がたくさんのようです。

例えば、一つの部署には一人しかいません。

カウンターの従業員がパソコンより電卓を使用することが多い、

また年寄から担当されてる後方事務の方ですが、

なんとそろばんが使われてると目撃されたことあるそうです。

まるでタイムスリップされた銀行です。

あまりにも信じ難いですが、

いきなり銀行に入る勇気もなく、

確かめることができないままで都市伝説として頭に残っています。

ちなみに、引き継がれてる二代目をはじめ、一部の家族たち、

たまに芸能ニュースにも顔出したりして、

芸能人と関わり深いセレブとして紹介されました。

今度、誰か銀行内に突入してみてください。

レポをお待ちしております。


最後になりますが、銀行のホームページもぜひご覧ください。
本当にびっくりされますから。
http://www.taisangbank.com.hk


↓このブログをご覧になって、いいと思ったら、ポチっと押してほしいです。
↓你按一下,我個blog就可以係日本或香港更受人關注,可以令更多人有機會睇到!
にほんブログ村 海外生活ブログ 香港情報へ

2017/04/03

甦るレジェンド~新新酒樓

あの伝説の老舗レストラン~新樂酒樓が2015年から営業終了以来、

ジョダンのネイザンロード沿いに何か欠けてて、

寂しい風景になっていますね。

かつては多く香港のスターたちにも訪れる創業55年以上老舗レストラン、

ミシュランの☆を獲得したわけではないが、

自家製の点心や炭焼きの叉焼が地元をはじめ、

あのブルースリーもよくこの目当てで来ましたそうです。

営業終了の原因はやはり高騰の家賃です、

情報による、あの頃の家賃は毎月は70万HKドルですよ、

つまり、1千万円です、とんでもない金額です。

切ない現実です。

しかし、オーナーと多くのスタッフたちが8ヶ月後再び集結、

同じくジョーダンに別の場所に新たなレストランを開業しました。


復活する場所は地面ではなく、モールの中です。

案内をゆっくり見ないと、何階に入ってるかわかりません。

しかも、エレベーター乗るには先にエスカレーターを乗らないと、

エレベーターのロビーが辿り着きません。


ところで、ずっと使用していたレストランの名前が使えなくなったため、

「新新酒樓」に改名しました。

ちなみに、旧名が使えなくなるのが大家との約束があるからです。

旧地の隣にある【新樂酒店】を遠慮することも考えられるでしょうね。

実は【新樂酒店】の直営レストランではなく、

ここは個人営業店なのですよ。

とりあえず、「新新酒樓」の名前が入ってるエレベーターを乗っていけば、

扉が開けると、今どき風のレストランが現れます。


以前と比べると、かなり狭くなってるみたい、

一目で見渡せます、写真のお通りです。

その点もあって、総合60種類の点心から5分の1しか提供できなくなります。

なぜなら、厨房器具や設備が設ける場所が限られるからです。

それにしても自家製の点心と炭焼き叉焼のこだわりが続いています。



今流行りの点心チェーン店と違って、

一点一点がレストランの職人さんが気持ちを込めて作られた作品です。

食べ比べてみれば、その差がわかってくるはずです。

それぞれ美味しさがあると思いますが、

やはり自家製の鮮度の違いを感じます。

どれもみずみずしく、出来立てアツアツでおいしかったです。

そして、作った人の気持ちも噛みしめれた。



取り残されたメニューはほとんど定番中の定番ですので、

逆にあまり悩まずに注文できました。

当然ワゴン式ではなく、一般的な注文紙でチェックをする方法です。

少しでも2,3回に香港で飲茶したことある方なら、

ここは特に難しいところではありません。



結局、我々4人に合わせて、写真通りの数の点心を食べました。

昼にも関わらず、合計260HKドルぐらいで済みました。

腹いっぱいでこの金額、この立地としてはまったく文句ありません。

むしろ、近場に泊まってる観光客の新聖地になってもおかしくありません。



11階であることで、

ガラス寄り席はテブールからジョーダンの周辺の景色も堪能できますよ。

可能であれば、事前に電話予約した方が賢明ですが、

ランチとディナーの場合、当日の飛び込みは少し待つ時間が必要です。

でも、一人様は意外とすんなり入れそうこともね。

住所:佐敦彌敦道219號莊士倫敦廣場11樓
営業時間:0800~2300(月~日)

↓このブログをご覧になって、いいと思ったら、ポチっと押してほしいです。
↓你按一下,我個blog就可以係日本或香港更受人關注,可以令更多人有機會睇到!
にほんブログ村 海外生活ブログ 香港情報へ