2018/09/21

廣彩ゆかりの地~道風山基督教叢林

話がすべては80年前から、
ノルウェーのキリスト教の牧師Karl Ludvig Reichelt氏が香港に移り住む、
この地に教会を設立され、
デンマークの建築家Johannes Prip-Moller氏を招いて、
この道風山基督教叢林の建築群を設計して頂くことによって、
沙田の山中に中国風の教会建築群が密やかに作り上げられた。


詳しくの紹介は仲間である香港+上海さんぽ☆快快楽楽さんの記事へどうぞ!

とても詳しくご紹介して頂いたので、
この記事があえて補充する程度に過ぎません。


今回訪れたきっかけはこちらに駐在する廣彩の職人のご招待があったから、
彼の話による、
昔にはここでも廣彩の工房があって、
繁盛してた時期もあったそうです。
現在は工房が解体されたが、
建築群には薄らいでいる面影がところどころに見かけれます。


今回廣彩の職人のご案内のおかげで、
普段には入らない場所も特別に公開させて頂きました。
本当に貴重な体験になった。
例えばこの聖殿ですが、
教徒の祈りや礼拝する目的しか入れさせてもらえるのに、
当日は開放して頂いて、中の全貌を伺うことができました。



まず聖殿に入る前にこの銅鐘に注目してほしいです。
実は今でも毎日定時に鳴らしてるようです。


聖殿に入ったら、真っ先にこの聖壇が見れます。
まさに華洋折衷の現れ、
シンプルでありながら、荘厳さに欠けていません。


天井もまた綺麗な色合わせ。


全体の窓が八角形になっています。
わずかな時間しか入れさせてもらえなかったが、
十分見応えがありました。


実は建築群内に過去に製造した廣彩の数々がまだ大切に保管されています。
もちろんこの場所も今回だけ入れさせてもらえた。
それ以外、建築群に関する歴史や建築図などなどの資料もここで見つかります。
廣彩職人による、
今の建築群はまだ未完成状態であって、
本来はもっと広くなる、ほかの建築物も建つ予定があったそうです。
そして、
披露して頂くのがその建築家から残されたアイデアによる完成状態の模様です。
いかなる偉大な計画と伝わって来る手書き作品。


次にご案内して頂くのが食堂です。
こちらも修道する人や関係者しかご利用できないそうです。



一般の食堂と変わりはないですが、
見上げると、また巨大な廣彩アートがあります。


食堂で休憩した後に、
『明陣』という修道者のための祈り場所へ行く途中にもほかの廣彩が見かけます。
本当に道風山基督教叢林が廣彩との縁は深いものでわかります。


こちらは『明陣』です。
誰もいなければ、インスタ映えの場所になると確信しています。
誰も迷惑に掛けなければ、大丈夫らしいです。


最後に向う場所は表示による、
建築群の主体から徒歩3分ぐらい
もう一つここのシンボル的な建物です。
途中に門楼に通ります。
そこに「博愛」という字は中国の国父~孫文が書いたそうです。


あっという間に最終目的地に着きました。
高さ12メートルの巨大十字架、
白い十字架に「成了」と書かれています。
晴天の時はとても美しい絵になるはず、
訪問当日はあいにくでした、ちょっと残念でした。


建築群はもちろん素晴らしいですが、
なんといっても廣彩のゆかりの地ということが更なる深みを増すます。
雨の中であまり自由に全部回りきれないので、
また別の機会でゆっくり見学したい所になっています。


そして、ここで訪問目的の一つは廣彩職人の作品を鑑賞することです。
近いうちに別のブログ記事でご紹介します。

住所:香港沙田道風山路33號
電話:26944038
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2018/09/03

お化け屋敷と豪邸の間

ビクトリアピークで世界にも超有名な散歩コース、
抜群の眺めを擁しながら、
混雑とは無縁でのんびりジョギングできる「盧吉道」ですが、
普段は爽やかな散歩道のイメージが強かった一方、
沿道にいろな貴重な建物や豪邸が存在してることをご存知ですか?
数多く植民地になって初期から建てられたもので、
歴史建築が認定された所もただあります。


今回ご紹介するのが香港<最高>のお化け屋敷と言われる廃墟化した豪邸、
現在立ち入り禁止の地となり、
取材の敢行する日にたまたま運がよく、
管理の担当スタッフと交渉した末に入れさせて頂きました。
かつて撮影目的で不法侵入する人も少なくなかったため、
敢えて住所と豪邸の名を公開しません。
この記事で建物の雰囲気を堪能してください。


盧吉道」に沿って徒歩30分に経たないぐらいに目に入るこの建物ですが、
実は第二次世界大戦の前に、
国民政府の将軍~【竜雲】氏から建てられた邸宅です。
過去4回にわたる買い手に転々としたが、
いずれもよい結果にならなかったというウワサがいつの間にか広められた。
オーナーが倒産になり、
次のオーナーが家の中に死去などいい話がまったくありませんでした。


さらに夜中に子ともの泣き声が聞こえたり、
日本軍に占領されたり、
過去家内で修道女の首を切り落としたなど真相を究明できない話ばっかりで、
ビクトリアピークの好立地にもかかわらず、
かけ離れてる値段を付けてもなかなか引き取る手が現れません。
2004年についにオフショア法人から7628千万HKドルで買い取ったが、
それでもずっと放置されたまま約四分の一の世紀、
ようやく最近何か動きがあって、
ちょうど取材当日は管理者が入口周辺から庭までの修復作業を見た。
もしかして、近い将来は綺麗になって開放されるではないかと妄想してみた。


かつて豪華な室内写真を見たことがあって、
取材当日の無残な姿に変わって、
ある意味衝撃でした。
割れたカラスとあっちこっちの落書きは当たり前ですが、
それでも、豪邸という形はまだまだ健在です。
数年前までに取り残されたわずかな家具も撤去された模様、
とりあえず一階から二階まで一周をしてみた。


うわさのようなお化け屋敷な雰囲気はあまり感じませんでしたが、
やはり誰もいない広い家の中で、
一人でうるうるすると不安になるだろうかと予想してたから、
ありがたく同行して頂く仲間の二人を心強くさせてもらった。


建物外に温室と広い庭などもあるので、
一通りに回ってみた。
昼のこともあるが、
確かに夜になって、
真っ黒になったら、
肝試し最高の場所になるかもしれません。


温室と邸宅の間に細い階段があって、
降りたら、
地下室のような場所があります。
確かにプールも設けられたと記憶にあった、
当然水なんで全然入ってなかった。


トキドキしながら、
地下室まで降りてみた。
まるで別世界に突入し、
ヨーロッパ風の壁が無造作に葉っぱと木とうまくかみ合っています。


思ったより広かった地下室ですが、
空っぽで何もありませんでした。
本来余裕があれば、
じっくりみたかった。
管理者が「ちょっとならいいよ」ということで、
中に入ることをあきらめ、
今回取材最も見たかった景色に集中します。


まずは庭からのビクトリアハーバー、
この一生涯もこんな場所に住むことなく、
香港の海景色を独り占めするチャンスはないと思って、
わずかな時間でも感じてみたかった。
100年前に落成された頃の雰囲気を甦ろうしてみた。
中に入ることをあきらめ、
今回取材最も見たかった景色に集中します。


まずは庭からのビクトリアハーバー、
この一生涯もこんな場所に住むことなく、
香港の海景色を独り占めするチャンスはないと思って、
わずかな時間でも感じてみたかった。
100年前に落成された頃の雰囲気を甦ろうしてみた。


次に駆け付けないと気が済まない場所はここ屋上です。
この豪邸を知ったのもここから撮った一枚の写真のおかげでした。
なぜか【香港】という落書きと目の前の全てに合わせる映像ですが、
思った以上の魅力を感じさせられたため、
実際この場所に訪れてみたくなった。
時間を掛けて調べてから躊躇の気持ちも克服して、
やっとここに立つことができた。


運も助けられて、いろな難関も突破したが、
最後に再び試練に会った。
実際ここまでに辿り着くには屋外にある唯一の長い階段を利用しかない、
多少の覚悟ができてから一気に登り詰めた。
この一枚の写真のために頑張った自分に拍手に送りたいです。
今しか記録できない、今しか見れないこの香港景色のため、
苦労なんて何も思いません。


※現在は立ち入り禁止になってるので、
 許可のない限りに勝手に入らないようにしてください。

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2018/08/27

点心が正真正銘の香港製造~新興食家

今風の飲茶屋さんや点心のチェーン店が日頃からに賑わってる中、
食べられてるものが香港製造かどうか気にしてるだろうか疑問ですが、
あえてわたしは気にしています。
美味しさ以外に追求するのが新鮮さのため、
目の前の厨房があって、間近で手作りの風景が丸見えなお店こそ、
香港製造しかできないと思って、ここをおすすめしたいと思います。


店舗の外観は目立たない上、
飲茶できるところと思われないが、
知る人ぞ知る、
特に地元がその存在を知らない人いないぐらい愛されています。
こう見ても50年に近い歴史を持つ老舗、
九龍の楽富から創業して、
30年前から今の場所に落ち着いたが、
結局家賃との闘いのために
3回に渡った移転もした堅実な一軒です。


セルフサービスに近いので、
はじめの方は最初から戸惑うかもしれないが、
常連客から「ここ開いてるよ!」、
「椅子あるよ!」とか優しく声掛けられることが日常茶飯事だそうです。
広くない店内にはギュウギュウな感じはしますが、
次第にくつろぎの座り心地になることも不思議ではないです。


ここは店内最も景色よいポイント、
出来たて点心や蒸しご飯はここから皆さんのコールを待機しています。
近代に普通のお店でも提供できなくなる懐かしい点心も健在、
もちろん早モン勝ちなので、
常にチェックしておかないとなくなります。
また営業時間は深夜三時からということで、
フレッシュなものを味わいたいなら、
目覚まし時計に掛けた方がいいと思います。


そもそもこんな早い朝から営業するお店は今となると珍しいが、
それはかつてはこの地区はまだ開発されてなかった時代、
野菜の卸屋、屠殺場が集結されて、
夜明け前からパリパリ働いてる人達に必ず通る場所であって、
仕事する前に朝食を取りやすくためにこの時間からの営業を決めたらしい、
その後、
深夜で働き終わったタクシーやミニバス運転手とか、
飲み終わった人達の腹を満たす場所にもなってきます。


昔なら、
多くの皆さんが蒸排骨飯(スペアリブの蒸し物ご飯)一杯だけで、
昼まで力仕事でも耐えられた。
お米と排骨の鮮度は別格ですね。


馬拉糕(マーラーカオ)は説明不要、
わかる人はわかるでしょうね。


山竹牛肉(サンジョッアウヨッ)~ビーフボールも文句なし、
ちゃんとした昔の味で、パクチーも効きありながら、
湯葉もたっぷりがあります。
最近抜いてるところが多くなるので、
今でもこだわって使うお店がやはり大事にしないとね。


糯米雞(蓮の葉のちまき)のサイズと中身から子供に食べた記憶が蘇られた。
日本人が完食できるか厳しい大きくて、
鶏肉、しいたけ、ミンチ肉やネギなど様々詰められてる、
極端に言うと、この一品で大満足できます。 


ほかも食べたいものが山ほどあるのに、
ランチに行く時のも完売した、
腸粉が大好物なら、絶対朝一に行くべきです。
ちなみに、テイクアウトでもできますので、
周辺のホテルに泊まられる方なら、
自分の部屋で堪能することも可能です。


既に二代目に引き継いでもらってるから、
急に閉店することなく、しばらく安泰だろう。
それにしても初代が80歳過ぎでもよくレジにに顔を出しています。
常に元気でニコニコしてる方だから、
一見さんでもその人情が惜しまないです。


日本にもこの店が紹介されたように、
香港一と言われた流沙包(カスタードまん)が今回は食べれなかった。
ということはまた近いうちに再びへ伺うことに決めました。
ぱったりに出会ったら、
声をかけてくださいね。 


住所:西環堅尼地城士美非路8號地下C號舖
営業時間:0300~1600(年中無休)
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2018/08/23

都会中に少数のビルで作られた客家村

街づくり、施設の建設による、
原住民がやむを得ずに移動させることがここ数年からではなく、
植民時代からも既に行われてるものです。
その中に、
一村落が丸ごとで都会に移植させて、
まったく違和感のないように潜んでることは香港内には珍しいです。



ご紹介したいのがここ荃灣にある【石碧新村】です。
広東語をマスターした方なら、
この村の源がどこにあるかわかるはず。
英語は【Shek Pik New Village】です。
もうお分かりでしょうか?
そうです。ランタオ島にある【石壁ダム】の場所に拠点をする客家村です。


1950~60年頃、香港の高速発展と伴い、
水不足の問題も浮上してきます。
そこで植民地政府が当時ほぼ未開発のランタウ島の石壁谷を目に付け、
この辺りの【石壁郷】を証する場所にダムを建設することに決行しました。


当時建設を予定される場所に数個村落が合計200人程度を移動させるために、
植民地政府からよりランタオの奥にある【大浪湾】に移すか、
街づくり真っ最中の【荃灣】に移転するという二案があった、
最終的に村人が【荃灣】の移転を選択した。
その後、数個村落が丸ごとで都会に移植させて、
まったく違和感のないように潜んでることは香港内には珍しいです。


1960年11月、植民地政府が村人のための新住居が落成された。
村人もこの時期に合わせて引越の準備も整えた。
自身の荷物だけではなく、
村にある『洪聖古廟』の中の聖爺像まで背負って、
荃灣】の住居に移転をした。
村人が簡単に祀ることができるように今の建物の中に聖爺像が設置された。
外から見上げると、廟の代わりになる空間が高所にあります。



普段通り過ぎても何も違和感の村ですが、
まさに空中の廟がここにあるとは知らなかったはず、
なぜか最上階に設置しないといけないかどういうと、
神様が人間より下に置かれることが考えられない伝統があったためです。
香港の中でも極めて貴重な廟です。


ここは【石碧新村】と命名されたが、
すぐそばにある遊園地にこの当時を記録したような掲示版もみつかった。
【石壁】のままでした。
どころで、今取り残された建物が当時のすべてではなく、
90年代に入り、その内の二棟がデベロッパーから購入され、
その後、高層マンションに再建設されました。
今の【石碧新村】はあと何年で消えて行くだろう?


余談ですが、
既に【石壁ダム】の水底に昔の石壁郷】の遺跡が残留されたまま、
相当干ばつ時期になれば、
底に何かあるかみつかるウワサが既に広がっています。
実際はどうだろうね。

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